大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)33号 判決

原告 小松英次郎

被告 特許庁長官

主文

昭和二十九年抗告審判第一、八〇五号事件について、特許庁が昭和三十二年六月二十日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は昭和二十七年五月八日「硝子を内張りにした金属管の製造方法」について特許を出願したところ(昭和二十七年特許願第七一六六号事件)、昭和二十九年八月二十五日拒絶査定を受けたので、同年九月十六日これに対し抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第一、八〇五号事件)、特許庁は昭和三十二年六月二十日右請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月二十九日原告に送達された。

二、原告の出願にかかる発明の要旨は、「硝子を内張りしようとする金属管の両端に、保護金属管を取り付け、次に一端を閉じた硝子管を一方の保護管端から挿入して上記金属管内を通り抜けて他方保護管内まで達せしめ、次に上記金属管及び保護管を同時に加熱して挿入した硝子管が軟化する頃に硝子管開口端から圧縮空気を送入して硝子を金属管内面に密着させることを特徴とする硝子内張り金属管の製造方法」であるが、抗告審判官は、昭和三十二年三月二十九日「本願の要旨に基き、硝子盲管を嵌挿した金属管及び保護管を例えば炉内に入れて加熱し硝子管が軟化したとき硝子管の開口端から圧搾空気を送入する工程につき考察するに、硝子管はその先端盲管も加熱により他の部分と同様な状態で軟化すること及び圧搾空気が該盲管端に強く作用することから見て、先ず該部が破裂して金属管内壁に軟化硝子管を一様に膨脹圧着することは不可能と認められる。されば本願の発明は所期の目的を達し得ないものであり、従つて旧特許法(大正十年法律第九十六号。)第一条にいう特許要件を具備するものとはなし得ない。」との拒絶理由を通知して来た。

原告はこれに対し、「本願の方法の実施に当つては例えば炉の中央部の温度を最高にして炉の前後端に向つて若干の温度傾斜を与えることにより、硝子管はその長手方向に其の中央部から軟化し、圧縮空気のため膨脹して金属管内壁に圧着し、順次硝子管の前後部が軟化し膨脹圧着して最後に盲管部が破裂するものであつて、抗告審判官の前記通知に示された見解の如き現象は発生せず、本願方法所期の目的を達成し得るものである。」との意見書及び訂正書を提出した。

審決は、本件出願発明の要旨を前述のとおり認定した上、原告の右意見書記載の主張に対し「よつてこの点をさらに審理するに、かような炉の温度分布の制御については、本願の当審における訂正以前の明細書にはなんら触れるところがなく要旨の変更と認められるばかりでなく、たとえかような制御を行い得るとするも、本願において硝子管は金属管に挿入した状態で加熱されるものであつて、金属管はその良好な熱伝導性により炉の温度勾配の存在にかかわらず、実質上瞬間的に各部一様な温度となり、従つて均一温度の金属管を介して間接的に伝熱される内挿硝子管もまた各部均一な状態で軟化するものと考えざるを得ないから、さきの拒絶理由を撤回するに足る理由はこれを発見することができない。なお抗告審判請求人は意見書において実地検証によつて本願方法の実施可能性を実証する用意のある旨述べているが、本願方法はさきに説示したように、その明細書の記載に基いて考察するかぎり所期の目的を達成し得ないものと認めるに十分であるから、実地検証の必要は認めない。従つて本願の発明は、旧特許法第一条にいう特許要件を具備するものとはなし得ない。」といつている。

三、しかしながら審決は、次の理由により違法であつて取り消されるべきものである。

(一)  原告は現実に本件出願の発明の方法を工業的に実施しており、よつてその実地検証を求めたにかかわらず、審判官は何等本件出願の方法が実施不可能なりと断ずるに足りる証拠を挙げることなくして、独善的な見解をもつて簡単に本願方法は所期の目的を達成し得ないものと判定したことは、採証の法則に違背するはもとより、事実の認定を誤らしめる審理不尽、理由不備の違法があるものである。

(二)  更に出願当初の明細書「発明の詳細なる説明」の記載だけでも、当業技術者ならば当然これに常識的手段を加味することによつて、平易に本願方法の目的を達し得るものである。すなわち金属管内壁面に硝子管が熔着する以前に硝子管盲管端部が破裂しないよう温度分布その他の条件を適当に選択するのは当然であり、所与条件については金属管や硝子管の直径、厚味、延長ないし加熱方式などによつても異るべきであるから、特に明細書に盲管部の早期破裂防止の手段が明記されていなかつたとしても直ちに目的を達し得ないもの、すなわち実施不可能なりと断定するのは実に不当な審決といわなければならない。一般に実験するまでもなく理論上常に不可能なる場合においてのみ、その目的を達し得ないものとして旧特許法第一条の発明をなさないと判定すべきであり、本願方法のように絶対的に不可能でないものにこのような理由で特許を拒絶するは違法も甚だしく、いわんや本願前記意見書に述ぶる如く、出願以後現実に工業的にこれを実施しておるにかかわらず、審決が「目的を達し得ないもの」と断ずるのは正に言語道断である。

(三)  審決は原告が本願の訂正明細書において加熱に際し温度分布の制御をなす旨附記したことが出願要旨の変更であると説示したが、旧特許法施行規則(大正十年農商務省令第三十三号)第十一条にいう書類が不明瞭なる場合で、同条第二項により訂正補充されるべきものに該当し、同条但書の要旨変更には当らない。

これを要するに審決は事実の認定を誤まり、本件出願発明の方法が所期の目的を達し得ないものとしたことは審理不尽理由不備を免れず、法規に違背し取消されるべきものと確信する。

四、被告代理人が答弁二の(三)において主張する「要旨の変更」について一言するに、被告代理人は先ず「本願発明の実施に用いられる電気炉の温度制御手段は複雑なもので、当該技術の卓越した専門家といえども出願当時の本願特許明細書の杜撰な記述から想定し得ないものである。」と主張するが、あらゆる種類の工業技術を判断する機能を持つている筈の特許庁たる被告が、このような主張をすることは、わが国工業技術の実際につき殊更に瞑目したのでなければ不可解というより他はない。このような電気炉の温度制御手段は何等特殊な構造でも特定な手段でもなく、電気炉の学者、研究者でなくても、電気炉製造業者は勿論、炉の使用業者にも、およそ電熱線利用の電気炉が市場に現われた当時から知られていることである。

故にたとえ出願当時の明細書にその使用する加熱炉の温度制御に関して全然記載されていないとしても、本願発明の要旨とする製造方法、すなわち主として特許請求の範囲に表示された方法を実施するために電気炉を使用して、実質的に製造効率を良くしようとすれば、このような温度制御は当業者ならば当然に行うことである。

原告が昭和三十二年五月三十一日付訂正書に記載した「炉内の温度分布を適当に制御する云々」の説明は、特に工夫された技術的事項ではなく、当業者が通常採用する慣用手段に過ぎないものであるから、これを発明方法の実施上一手段として補充記載しても、発明の同一性が失われるわけでなく、旧特許法施行規則第十一条にいう要旨変更の訂正補充には相当しない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。

二、同三の主張はこれを否認する。

(一)  本件出願についての抗告審判の審理において実施不能を理由とした昭和三十二年三月二十九日付の拒絶理由に対して原告は同年五月三十一日訂正明細書及び意見書を提出し、該訂正明細書には、「この場合炉内の温度分布を適当に制御することによつて硝子管の軟化をその長手方向に沿つて中央部より漸次両端に及ぼさせることができるから、硝子管を金属管内壁へ圧着させる作業は確実に行われる。」という記載を加え、これに基いて「(前略)本願方法を実施するに当つては、長炉の中央部の温度を最高にして炉の前後端に向つて僅かの温度傾度を与えるように温度分布を制御している。(一例を述べれば炉の中央部の温度を七〇〇度C、炉の前後端の温度を六九〇度Cにしている。)従つて硝子管はその長手方向に沿つて先ずその中央部が軟化して圧力空気のために膨脹し、金属管内壁に圧着し、つづいてその軟化は漸次その前後に及び順次に膨脹圧着して最後に盲管部が破裂するものである。」とし、「抗告審判請求人は現に伊丹市北河原当田一〇〇番地所在の日本硝子鋼管株式会社において本願方法によつて硝子内張り鋼管の工業的生産を実施している。よつて本願方法の可能性につき疑義を持たれるならば、実地検証によつて本願方法の可能性とその工業的効果を実証する用意がある。」旨を意見書において主張した。

思うに前記訂正明細書の訂正事項は努めて方法的表現を避けているが、要は自然力の人為的利用としての「炉の温度制御を硝子管がその中央部から漸次両端に向つて軟化するように行う方法」であつて、かような従前の明細書に開示のなかつた技術的指示によつて、はじめて所期の目的が達成されたことは、意見書の記載から明らかに看取できる。すなわち新規な技術的方法の開示によつて不可能が可能となつたのであるから、この新たに開示された方法が発明の構成要件つまり「要旨」であること明らかであり、たとえ開示の有無にかかわらず同一技術概念の範疇に属しても、開示がなくて現実に実施不能のものは「非発明」であり、開示があつて実施可能となつたものは「発明」である以上、両者の間に発明の同一性はないこと明らかである。

そもそも旧特許法施行規則第十一条第一項但し書にいう「要旨を変更するもの」とは変更によつて発明の同一性を喪失するようなものを指すというのが通説であるからこの場合の訂正はテイピカルな要旨変更に該当し、従つて同項但し書の規定によつて当然に許さるべきでない。してみると原告はすでに抗告審判において意見書により要旨変更を自白していることになるのである。

(二)  原告は「理論上常に不可能なる場合においてのみ、その目的を達しないものとして旧特許法第一条の発明をなさないものと判定すべきであり、本願方法のように絶対的に不可能でないものに、このような理由で特許を拒絶するのは違法も甚だしい。」と主張しているが、理論上常に不可能な場合、例えば「永久連動」の利用の如きものだけが同法第一条の「工業的」に該当しない理由で拒絶になるとするならば、かようなよくよく稀な場合のために、法が「工業的」の文字を同条文に存置させて置く筈はない。実施不能のものは自然力を利用できないから同条文を保つまでもなく発明に値しないのである。

そして本願方法が「絶対的に不可能でない」(文脈上「理論上常に不可能な」と対比して原告が論じていることからみると一〇〇%は不可能ではない。すなわち「大半は不可能な」という意味と解せられる。)ことと、原告が要旨の変更を認容していないこととを併せ考えると、「本願方法」とは「訂正された方法」と解されるから、「訂正された方法」でもたかだか「大半は不可能」ということに帰着し、結局「訂正された方法」自体も同条にいう特許要件を欠如していることを原告が自白していることになる。

(三)  更に「要旨の変更」について詳言すれば、原告が本願の「硝子内張り金属管の製造法」の実施例として、本件訴訟における当事者尋問において供述したところによれば、温度制御が問題点であつて、これは「電気炉に内挿される被加熱物に関し、空間的、時間的に異る特定の温度分布を具現するように特定の電圧を印加し、かつこれを経時的に変化させる手段」に俟つものであつて、右制御手段は中央と両端に三分的に発熱体を附設した特殊構造の電気炉を使用して行われる。

この温度制御は、原告の供述と甲第五、六号証の記載によつてその複雑さを覗い知ることができるように、当該技術分野の卓越した専門家といえども、それを出願当時の本願特許明細書の杜撰な記述から想定し得ないところである。温度制御手段が記載されていない本願特許明細書は、発明の実施に必要な事項を記載していない不完全明細書というべく、旧特許法第五十七条第一項第三号にいう無効事由を包蔵するものである。

実施に必要な事項の補足訂正、すなわち重要な技術的開示によつて、実施できない不完全明細書の非発明が、補正訂正によつて実施可能な完全明細書の発明となるゆえ、両者の間に発明の同一性のないことは自明であり、発明の同一性の失われるような訂正を称して、特許法上許されない「要旨を変更する訂正」と呼ぶことは前述したところである。もつとも出願時の明細書に炉の温度制御を硝子管がその中央から漸次両端に向つて軟化するように行う技術的構想が仮りに明示的にまたは少くとも暗示的に示されているとするならば、そのための具体的手段を後に明細書に挿入することは必ずしも許されないわけではないが、出願当初の明細書に書かなかつたことは、原告の自白するところであり、書かない動機の奈辺に存するかは要旨の変更の認否にいささかの影響もないところである。

被告は、温度分布の制御を行う方法は、これを要旨としない本願方法とは別異な要旨変更した方法であると主張するとともに原告が温度分布の制御を行う方法をもつて本願方法の実施例に擬する不当性を難ずるものである。

(四)  以上の理由により抗告審判において実地検証をなさず審決がなされたことの妥当性を察知できるであろう。すなわち本願では明らかに許すべからざる要旨変更を犯しており、実地検証によつて「絶対に不可能でないこと」が確認できても、その方法は本願方法とは別異の要旨変更した方法に過ぎないからである。

そもそも特許法第百十条によつて抗告審判に準用する同法第百条第一項に「審判に於ては申立に依り職権を以て証拠調を為すことを得」とあるのは明らかに「申立があれば必ず証拠調をしなければならない。」という意味ではなく、実地検証の申立の採否を決定するのは抗告審判官の職権に帰属する事項であつて、実地検証を俟たずして事実認定が可能な場合にこれを行わずして審決をなしたからとて違法性はおろか、審理不尽、理由不備の点もないことは明らかである。

いわんや本願の場合は先に述べたように「実地検証を俟つて本願方法の可能性とその工業的効果を実証する用意がある。」と単なる希望を表明しているだけで、適法の申立すら行つていないにおいてをや。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実と、その成立に争のない甲第一号証、第二号証の一、二、三を綜合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は昭和二十七年五月八日「硝子を内張りせる鋼管の製造方法」について特許を出願し(甲第一号証)その後審査手続において昭和二十八年六月二十二日第一回の訂正書(甲第二号証の一)、昭和二十九年八月三日第二回の訂正書(甲第二号証の二)を提出し、次いで抗告審判手続にいたり昭和三十二年五月三十一日第三回の訂正書(甲第二号証の三)を提出した。

(二)  右当初の明細書(甲第一号証)には、「特許請求の範囲」の項に「鋼管の両端に保護金属管を接続管により接続固定し其の内部に一端を閉ぢ一端を開きたる硝子管を入れ加熱し、硝子管が熔融軟化したる時に硝子管の開きたる方より圧搾空気を入れ鋼管の内面に熔融密着せしめ、次に充分焼鈍して硝子の内部歪を除き均等な組織を有し、且つ定尺の鋼管に任意に硝子を内張りする事を特徴とする硝子を内張りせる鋼管の製造方法」と記載し、「発明の詳細なる説明」の項には、第一段に該発明の実施例を記載し、第二段に「本発明の特徴は、鋼管の両端に保護金属管を接続管により固定したるにある。若し保護金属管なき場合は、鋼管の両端に露出された硝子管の部分は、加熱の際鋼管の内部にある部分より熱伝導早き為め、先きに熔融軟化し変化し垂れ下り、本目的を達し難いのみならず、熔着後冷却の際鋼管と硝子管との膨脹係数の差異により、鋼管と硝子管との両端接合部に歪が生じて、硝子管は自然に破損し、その亀裂は鋼管の内部迄達す。従つて定尺ものは出来なくなる。本発明は此の欠点を除き、鋼管も硝子管も目的の定尺部は加熱中に於ても、冷却中に於いても均等な温度下にあり、従つて熔着の際も焼鈍の際も均等な組織を有する材質を得ることができるのみならず、定尺ものが任意にできる故歩留りも一〇〇%に近く経済的効果がすこぶる多い事である。(下略)」と記載し、最後に製品の試験成績を記載している。

(三)  第一回の訂正明細書(甲第二号証の一)には、「特許請求の範囲」の項に、「硝子を内張りせんとする金属管の両端に保護管を接続し、次に金属管の内径より比較的小なる外径の硝子管にして一端を閉ぢ一端を開きたるものを差込み、是を加熱して内部硝子を軟化半熔融状態となし、同時に開きたる一端より圧搾空気を通じて圧力を加へ膨脹せしめて金属管の内壁に熔着せしめた後閉ぢたる一端は噴き破られ、其の音響により硝子内張りが完了せる事を知る事ができる硝子を内張りせる金属管の製造方法」と記載し、「発明の詳細なる説明」の項には、第一段に「本発明は硝子を内張りせる金属管の両端に同径の保護管を接続管により固定する。次に一端を閉ぢ一端を開きたる硝子管を差込む。此の際硝子管の閉ぢたる一端は金属管を突きぬけ保護管に達する程度に入れる。開きたる一端は圧搾空気導入のゴム管に接続するためゴム管が加熱し変質せざる程度の長さとする。是を適当な方法で加熱し、硝子管が軟化半熔融状態となると同時に、硝子管の開きたる方より圧搾空気を入れて加圧すると、硝子管は内部より膨脹して金属管の内壁全面に熔着する。同時に硝子管の閉ぢたる一端は圧搾空気の圧力により噴き破られこの時音響を発す。是によつて硝子内張りが完了せる事が判る。直に加熱を中止して徐冷焼鈍し冷却後両端を仕上げて製品とする。」とし、第二段に「本発明の特徴は、金属管の両端に保護管を固定せしめたるにある。若し保護管がない場合は金属管の両端に外出せる硝子部は加熱の際金属管の内部にある部分よりも早く高温となり、熔融軟化して垂れ下り変形して目的を達することが出来なくなる。又金属と硝子の膨脹係数の差により硝子熔着後冷却の際金属管の両端に近い硝子面に亀裂を生じ易くなる。本発明は是等の欠点を除き、金属管及び硝子管の製造目的の定尺部は加熱中に於ても冷却中に於ても均等な温度下にあり、従つて絶えず均等な組織を有する為に亀裂、破損も少なく歩留りは良好となり優秀な材質のものを製造する事が出来るのである(下略)」と記載し、第三段に「本発明の実施例」を記載している。

(四)  第二回の訂正明細書(甲第二号証の二)には、「特許請求の範囲」の項に、「硝子を内張りしようとする金属管の両端に、夫々適当の間隔を距てて上記金属管と同径の保護金属管を接続し、次に一端を閉ぢた硝子管を一方の保護管端から挿入して上記金属管内を通り抜けて他方保護管内にまで達せしめ、次に上記金属管及び保護管を同時に加熱して挿入した硝子管が軟化したときに、硝子管開口端から圧縮空気を送入して硝子を金属管内面に密着させ、次に十分焼鈍し冷却した後、金属管と保護管との接続部を取り外して、この部分の硝子を切り難すことを特徴とする硝子内張り金属管の製造方法」と記載し、「発明の詳細なる説明」の項には、第一段に、「金属管内に先端を閉ぢた硝子管を挿入して、上記金属管を加熱し、硝子管が軟化状態となつたときに、硝子管の開口端から圧搾空気を送給して、硝子管を金属管内壁に密着させる硝子内張りの金属管の製造法は既に公知である。」と従来の公知技術方法を記載し、第二段に、この従来の公知技術方法の欠点を、「しかし上記の公知の方法によるときは、金属管の両端に露出している硝子管の部分は、加熱操作中、金属管の内部にある硝子管の部分よりも熱の伝導を受けることが早いために、露出硝子管部分は金属管内の部分よりも早く軟化変形して垂れ下り、圧縮空気の送給操作が困難となるのみでなく、更に金属管端部に硝子が熔着後、冷却する際に管端部は冷却速度が大きいために、金属と硝子との膨脹係数の差異によつて管端接着部に歪が生じ、硝子管は管端部において自然に破損し、その亀裂が金属管内部の硝子管部に波及することが屡々である。依つて無疵の定尺ものを得ることが困難である。この困難は外部加熱方式によつて金属管を加熱するときには特に著しい。」とし、第三段において出願にかゝる発明の実施の要領を、「硝子を内張りせんとする金属管例えば鋼管の管端の前後に、管と同材、同径の保護管を配置しこの管と管とを適当な間隙を距てゝ接続管によつて接続する。次に一端を閉ぢた硝子管を一方保護管端から鋼管を通りぬけて他方保護管内に達するまで挿入し、上記接続した金属管を炉内に入れ、又は他の手段によつて加熱する。金属管温度が六〇〇度C―七〇〇度C程度になつて硝子管が軟化するに至つたとき、硝子管の開口端から圧縮空気を送入して軟化した硝子管をその内部から膨ませ鋼管の内壁面に密着させる。次に適当な温度で十分焼鈍して冷却した後、接続管を取り外し、鋼管と保護管との間の硝子部分を硝子切りによつて切り離し、切り離し端面を研磨仕上げして製品を得る。」とし、第四段に、その作用、効果として「本方法は、上述のように保護管を使用するために、金属管も硝子管の所要の定尺部は加熱冷却の際の温度分布が均一となり、従つて熔着並びに焼鈍の条件が定尺管の全長に亘つて均一化し、管端部に特に大きい歪を生ずる如きことがなくなる。依つて管の全長に亘つて均一組織を有する任意の定尺寸法のものを高歩留りで製造できる。」と記載している。

以上当初の明細書並びに第一回及び第二回の訂正明細書を「特許請求の範囲」、「発明の詳細なる説明」及び図面について詳細に点検するに、原告の出願にかゝる発明の要旨は、審決も認定し、また本訴訟において当事者間に争のない「硝子を内張りしようとする金属管の両端に、保護金属管を取り付け、次に一端を閉ぢた硝子管を一方の保護管端から挿入して上記金属管内を通り抜けて他方保護管内まで達せしめ、次に上記金属管及び保護管を同時に加熱して挿入した硝子管が軟化する頃に硝子管開口端から圧縮空気を送入して硝子を金属管の内面に密着させることを特徴とする硝子内張り金属管の製造方法」であり、この発明の要旨は、原告の当初提出にかゝる明細書のうちに、簡略ではあるが、当業者の容易に理解し得る程度に開示されており、その後原告の提出した第一、二回各訂正明細書は、その都度字句の表現、ことに記載の精疎において多少の差異は認められるが、たかだか当初簡略に過ぎた記載をやゝ詳細にして明瞭ならしめたものに過ぎず、これによつて当初出願にかゝる発明の要旨を変更するものとは到底解されない。そして後に認定するようにその後原告が請求した抗告審判手続における抗告審判官も、右第二訂正明細書の記載が要旨を変更するものとはしていない。

三、更に進んで前記当事者間に争のない事実と前記甲第二号証の二・三とによれば、次の事実が認められる。

(一)  右第二回訂正明細書提出後、審査官は昭和二十九年八月二十五日拒絶査定をしたので、原告は右査定に対し抗告審判を請求したところ、審判官は、昭和三十二年三月二十九日原告に対し「本願の要旨は、明細書なかんずく特許請求の範囲の記載の通りと認める。そして硝子盲管を嵌挿した金属管及び保護管を例えば炉内に入れて加熱し硝子管が軟化したとき硝子管の開口端から圧搾空気を送入する工程につき考察するに、硝子管はその先端盲管部も加熱により他の部分と同様な状態で軟化すること、並びに圧搾空気が該盲管端に強く作用することからみて、まず該部が破裂して、金属管内壁に軟化硝子管を一様に膨脹圧着することが不可能になると認められる。されば本願の発明は所期の目的を達成し得ないものであり、従つて旧特許法第一条にいう特許要件を具備するものとはなし得ない。」との拒絶理由の通知をなした。

(二)  原告は右通知に対し、昭和三十二年五月三十一日「上記の見解は炉内に挿入した金属管の長手方向に沿う炉内の温度分布が一様であり、金属管内に挿入した硝子管は各部一様に温度上昇して軟化されるものとの見解に立つものであるが、炉の温度分布は任意に制御することができることは述べるまでもないことであり、本願の方法を実施するに当つては、長炉の中央部の温度を最高にして炉の前後端に向つて僅かの温度傾度を与えるように温度分布を制御している。(一例を述べれば、炉の中央部の温度を七〇〇度C、炉の前後端の温度を六九〇度Cにしている。)従つて硝子管はその長手方向に沿つて先ずその中央部が軟化して圧力空気のために膨脹して金属管内壁に圧着し、つゞいてその軟化は漸次その前後に及び、順次に膨脹圧着して、最後に盲管部が破裂するものである。すなわち通知に示された見解の如き状況は発生せず、本願方法は所期の目的を達成するものである。(下略)」との意見書を提出すると同時に、第三回目の訂正明細書を提出した。

(三)  右昭和三十二日五月三十一日付第三回訂正明細書(甲第二号証の三)には、「特許請求の範囲」の項に、原告主張の請求原因二の冒頭に掲げた本件発明の要旨と同一の文言を記載した外、「発明の詳細なる説明」の項に、第二回訂正書中「発明の詳細なる説明」の項と同様、第一段に「従来の公知技術方法」、第二段に「同方法の欠点」、第三段に「出願にかゝる発明の要領」を、字句に多少の差異はあるが、全く同一内容を以つて記載し、ただこの第三段の末尾に、「この場合炉内の温度分布を適当に制御することによつて、硝子管の軟化をその長手方向に沿つて中央部より漸次両端に及ぼさせることができるから硝子管を金属管内壁へ圧着させる作業は確実に行われる。」との字句を附加している。

(四)  その後昭和三十二年六月二十日抗告審判官は、「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をなしたのであるが、審決は、先ず本件出願にかゝる発明の要旨を認定した上、前述の抗告審判官による拒絶理由の通知並びに原告の意見書及び訂正明細書提出の経過を記述した上、「かような炉の温度分布の制御については本願の当審における訂正以前の明細書にはなんら触れるところがなく、要旨の変更と認められる。」とし、更に「たとえかような制御を行い得るとするも、本願において硝子管は金属管に挿入した状態で加熱されるものであつて、金属管は、その良好な熱伝導性により、炉の温度勾配の存在にかゝわらず、実質上瞬間的に各部一様な温度となり、従つて均一温度の金属管を介して間接的に伝熱される内挿硝子管もまた各部均一な状態で軟化するものと考えざるを得ないから、さきの拒絶理由を撤回するに足る理由はこれを発見することができない。」としている。

四、よつて先ず右第三回訂正明細書において原告が附加した字句が、審決がいうようにいわゆる「要旨の変更」を来たしたものであるかどうかについて判断する。

一般的にいつて、被告代理人も主張するように、訂正前の明細書に開示されていなかつた新規な技術的方法の開示によつて、訂正前の明細書の開示によつては実施不可能であつた方法が、はじめて可能となるような場合においては、その間発明の構成要件に相違を来たし、いわゆる「要旨の変更」を生ずるものというべきであらう。しかしながら明細書等におけるあらゆる訂正補充が常に要旨の変更を来たすものでないことは、旧特許法施行規則第十一条第二項を引くまでもなく明白であつて、その訂正補充が、これによつてその発明を特徴付けているような新規な技術方法の開示ではなく、単なる従来の公知技術方法を記載し、出願の方法もこれによるものであることを明らかにするものであるに過ぎないような場合には、明細書が不完全に作製された場合における不明瞭な記載の釈明と解すべく、これによつては要旨の変更を来たさないものと解するを相当とする。

いま本件において原告が昭和三十二年五月三十一日付第三回訂正明細書において附加した前項(三)記載の字句は、これに先立つ昭和三十二年三月二十九日付抗告審判官の同(一)記載の拒絶理由通知に対して原告の提出した同(二)記載の同年五月三十一日付意見書に対応してなされたものであるが、右拒絶理由通知書における「硝子盲管を嵌挿した金属管及び保護管を例えば炉内に入れて加熱し硝子管が軟化したとき、硝子管の開口端から圧搾空気を送入する工程につき考察するに、硝子管はその先端盲管部も加熱により他の部分と同様な状態で軟化すること、並びに圧搾空気が該盲管端に強く作用することからみて、まず該部が破裂して、金属管内壁に軟化硝子管を一様に膨脹圧着することが不可能」であるかどうかについてみるに、その成立に争のない甲第八号証(昭和二年七月一日公告にかゝる「角型電気炉温度均一装置」についての公報)には、「従来マツフル型電気炉内部の温度を各所均一となすことは極めて至難とせられるところにして、必然的にその各隅及び中央部において温度高く、前後部において温度低く、不均一の温度を得、単に電熱線の破置を按配するのみにては到底これを均一ならしむること能わざりしものなり」と記載せられ、これによれば、硝子盲管を嵌挿した金属管及び保護管を炉内に入れた場合において、炉内の温度は中央部において高く、先端に行くに従つて低くなつていくのが一般の現象であつて、炉内全般にわたり金属管及び保護管に加わる温度が同一で「先端盲管部も加熱により他の部分と同様な状態で軟化すること」はむしろ当然には起り得ないことを認めることができるばかりでなく、右意見書に記載されたと同様の疑問は(もしありとすれば)、すでに原告が第二回訂正明細書中「発明の詳細なる説明」の項第一段において明白にした従来の公知技術方法すなわち「金属管内に先端を閉ぢた硝子管を挿入して上記金属管を加熱し、硝子管が軟化状態となつたときに、硝子管の開口端から圧搾空気を送給して硝子管を金属管内に密着させる硝子内張りの金属管の製造法」においても当然に提起され、しかも当業者によつてすでに十分解決された問題であつて、原告の本件出願発明に至つて初めて解明を要求されるべき課題ではない。そして原告本人尋問の結果によれば、原告が第三回訂正明細書に附加した「この場合炉内の温度分布を適当に制御することによつて、硝子管の軟化をその長手方向に沿つて中央部より漸次両端に及ぼすこと」は、むしろ甲第八号証によつて知られる一般の現象に従うことであり、かつ原告は従来の公知技術方法が行つたと同様のことを本件発明においても採用することを明らかにしたものであることを認めるに十分である。

してみれば原告の第三回訂正明細書における前記附記は、よし該訂正前の明細書にはなんら触れるところがなかつたとしても、これにより要旨を変更するものではないと解するを相当とする。

五、次に審決は、「たとえかような制御を行い得るとしても(中略)金属管は、その良好な熱伝導性により炉の温度勾配の存在にかゝわらず、実質上瞬間的に各部一様な温度となり、従つて均一温度の金属管を介して間接的に伝熱される内挿硝子管もまた各部均一な状態で軟化するものと考えざるを得ない。」としているので、この点について判断するに、原告本人尋問の結果とその成立に争のない甲第四、五、六号証とを総合すれば、原告は本件出願発明の方法を実施するに当り、金属管及び保護管を挿入した電気炉につき、その中央部における金属管に対する電圧を一八〇ボルト、両端における保護管に対する電圧を一七〇ボルトとなし、炉内の温度分布を制御することにより、管内に挿入した内張りにする硝子管は、先ず中央部が軟化して圧力空気のため膨脹して金属管内壁に圧着し、その後両端部の電圧を一八〇ボルトないし一九〇ボルトに上げて両端部の硝子管を軟化して金属管内部に接着する頃になると、盲管部が軟化、圧力空気のため破裂し、審決がいつているように、内挿硝子管が各部均一な状態で軟化するものでないこと及び原告は本件出願発明の実施について、所期の目的を達成していることが認められる。

してみれば審決が、右に掲げた前提に立ち、「本件出願の発明は、旧特許法第一条にいう特許要件を具備するものとはなし得ない。」とした「さきの拒絶理由を撤回するに足る理由を発見することができない。」としたのは、当裁判所の到底支持し得ないところである。

六、以上の理由により、原告の第三回訂正明細書の記載は要旨を変更するものであり、それでなくても原告の本件発明は実施不可能で、旧特許法第一条の特許要件を具備しないとなした審決は違法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求は、その余の争点に対する判断をまつまでもなく、その理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例